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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)467号 判決

上告人

楠本陸雄

上告人

讃岐忠士

右両名訴訟代理人

井上善雄

阪口徳雄

小田耕平

高橋平治破産管財人

被上告人

小野田学

主文

原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。

右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人井上善雄、同小田耕平、同阪口徳雄の上告理由一について

一原審は、(1) 高橋平治は、建築請負業、不動産業に従事するものであるところ、昭和五五年頃から資金繰りが苦しくなり、昭和五六年夏頃には同人所有の別荘地やゴルフ場の会員権を売却するなどして営業資金を捻出していた、(2) 高橋は、昭和五六年四月一〇日上告人楠本から、ほか一名と用意した金員であると聞かされ、弁済期を同年八月末として一五〇〇万円を借り受け、その際、本件土地建物について本件仮登記の原因たる契約を締結し、上告人楠本の求めに応じて、領収証、印鑑証明書、住民票写、委任状、金銭貸借関係書類を交付した、(3) 高橋は、同年八月頃上告人楠本に融資の打診をしたが断わられ、いよいよ資金繰りに窮し、同年九月末頃かねて知り合いの弁護士阪上健に対して、債務整理の方法等について相談したい旨電話した、(4) 上告人楠本は、その二、三日後阪上弁護士に対し電話で、高橋が相談に行つているそうだがどうする方針か、破産の申立になるのかと問い合わせ、阪上弁護士から、まだ相談を受けている段階であり、具体的な方針などは決まつていない旨の回答を得た、(5) 高橋は、同年一〇月八日阪上弁護士と面談のうえ債務の整理について相談した結果、同月一五日満期の約束手形の決済が困難なので、破産の申立をするとの方針を決めた、(6) 上告人楠本は、同月一二日高橋方を訪ね、登記手続に必要な新しい日付の印鑑証明書を受け取つたうえ、同月一四日司法書士山本征夫に本件各仮登記手続を依頼し、同司法書士は翌一五日本件各仮登記手続を終了した、(7) 一方、高橋は、同月一四日の夜自宅に「爾後弁護士阪上健が管理する」旨の貼紙をして家を出た、(8) 阪上弁護士は、同月一五日高橋の代理人として破産の申立をするとともに破産宣告前の保全処分の決定を得たが、その登記は本件各仮登記に後れるものであつた、(9) 高橋は同月二九日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選人された、との事実を認定したうえ、高橋は、同月八日阪上弁護士と債務整理につき相談して破産申立の方針を決めたから、遅くとも同日の時点で、資力欠乏のため債務の支払をすることができない状態にあることを明示的に表示し、支払の停止をしたものと認めるのが相当であるとして、被上告人の上告人らに対する破産法七四条一項による本件各仮登記の否認登記手続請求を認容した。

二しかしながら、破産法七四条一項の「支払ノ停止」とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきところ、債務者が債務整理の方法等について債務者から相談を受けた弁護士との間で破産申立の方針を決めただけでは、他に特段の事情のない限り、いまだ内部的に支払停止の方針を決めたにとどまり、債務の支払をすることができない旨を外部に表示する行為をしたとすることはできないものというべきである。

そうすると、首肯するに足りる特段の事情が存することについて何ら説示することなく、高橋において遅くとも同年一〇月八日に支払の停止をしたものと認めた原判決には、法令の解釈適用の誤りひいては審理不尽の違法があるものというべく、右違法が原判決中上告人ら敗訴部分に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中右の部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件は、右特段の事情の存否について更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の上告理由についての判断を省略し、原判決中上告人ら敗訴部分を破棄して、これを原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(角田禮次郎 谷口正孝 和田誠一 矢口洪一)

上告代理人井上善雄、同小田耕平、同阪口徳雄の上告理由

控訴審判決は、結局、破産法第七四条により本件仮登記を否認したものであるが、その法解釈における「支払の停止」の解釈を誤つているのみならず、控訴審における著しく偏ぱな証拠採用及び採証法則に反する事実認定により、上告人らを「支払の停止」についての悪意者と決めつけているものであつて、明らかに判決に影響を及ぼすべき法令解釈の違法及び採証法則の違背があり破棄を免れ得ない。

一 破産法第七四条における「支払の停止」の解釈の誤り

控訴審判決は、昭和五六年一〇月一五日に破産申立がなされ、同日支払期日の約束手形も不渡りとしたこと、破産宣告は同年一〇月二九日であつたことを認定している。また破産者高橋は、同年一〇月八日に債務整理について阪上弁護土と相談しているが、最終的に破産申立の委任をしたのは一〇月一四日であることも認定できる(これらの点の事実認定は、後述するように、控訴審判決は高橋の証言及び受任者である阪上弁護士の証言を意図的に無視して、この点の事実を著しく曲げて認定している。)。この間、高橋が破産という破局を避けようと努力してきた事実も各証拠から明らかである。

してみると、高橋が支払停止の状態であつたという事実は全く存しないのであつて、控訴審判決が、「破産の否認権の行使の要件としての『支払停止』と、破産原因たる支払不能を推定する『支払停止』がその意義を異にするか否かの議論はさておき」と判示しながら、阪上弁護士と相談し、破産宣告手続きの申立やむなきとの方針を決めた一〇月八日で「高橋が資力欠乏のため債務者の支払をなすことができない状態にあることを明示的に表示したということができ、右一〇月八日に高橋が支払停止をなしたものと認めるのが相当である」との判示は、破産法第七四条の「支払の停止」の解釈を不当に拡張解釈したものであつて、法の解釈を誤つている。

債務者の内部的な決意や、破産等の内部的な準備段階をもつては、未だ「支払の停止」とはいえず、現実の支払停止がなされていなければならない。

本件では、現実に一〇月一四日まで、高橋が一五日の手形の決済をしようとしていたのであつて、客観的に明示された支払停止などなかつたのである。

ちなみに、判決が、債務の支払をなすことができないことを明示的に表示したのが一〇月八日というとすれば、守秘義務を有する阪上弁護士との債務整理の相談をもつて、何故、明示的な表示というのか理解できない。

高橋が一〇月八日以降、一〇月一四日までに商売続行中の債務の支払が停止されていたとの証拠はないのである。〈以下、省略〉

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